金尾文淵堂をめぐる人びと

 明治期から大正・昭和戦前に活動した書肆金尾文淵堂主人金尾種次郎を中心にこの時代の出版界・文学界の歴史を掘り起こした本。金尾文淵堂は与謝野晶子の本を多く出版し、彼女の新訳源氏物語他その美しい装丁でも知られる出版社。その想定の美しさはカラー口絵4頁と脚注など随所に出てくる表紙や箱の写真からも伺える。この時代の本の装丁や造本、口絵・挿絵に興味のある方なら却って是非現物を手にとって見たいと言う欲求に駆られるのではと思う。
 僕が面白いと感じたのは、平安の絵巻物から続く本文と挿絵・口絵を一体としてみる文化がこの時代終わりを告げようとしていたと言う指摘。近代に入って文学は挿絵などに頼らず文章だけでその価値を評価すべき、また絵画も絵として完結するものが上で口絵・挿絵はその下に見られる風潮が出てきたと言う。さらに言えば円本の出現をきっかけに本も造本・装丁に凝り一冊一冊丁寧に仕上げていくものから大量生産するものへと変わっていく。この動きは以前読んだ”キングの時代”*1 *2へと続き今にまで続くマスメディアの時代へと移っていくことになる。そういう時代の移り変わりの中で江戸時代から続く本屋の三代目金尾種次郎のこだわりと強い意志がこの本の随所に記されている。もちろん出版には著者・編集者も必要で、金尾文淵堂を”めぐる人びと”にも興味深い話が多く紹介されている。中でも二十年待ち続けてようやく出版にこぎつけた徳富蘆花との関係や、上にも書いた新訳源氏物語他多くの著作を出版した与謝野晶子との付き合いは単なる出版社と著者を超える強い関係がよく分かって興味深い。特に徳富蘆花の独特の人付き合い方は大変面白かった。こんな人が自分の周りにいたらとてもじゃないが付き合っていられないけれど。脚注だけでなく各章末に記載された注釈・出典や巻末にまとめられた年表も大変丁寧なつくりになっている。僕は残念ながらこの丁寧な注釈を活かしきれるほど近代文学に詳しくないがこの分野に少しでも興味のある人なら手にとって損の無い本。お勧めです。