悪役レスラーは笑う〜「卑劣なジャップ」グレート東郷

 僕は積極的なプロレスファンになったことが無く、たまたまテレビをつけてやっていればなんとなく眺める程度でよほど有名かバラエティ番組などに出てくるレスラーでなければ名前もわからない。それでもなかなか面白く読めた。
力道山が外国人レスラーをなぎ倒すシーンを見て敗戦国民の鬱憤を晴らしていた。一方アメリカでは本書の副題にもある通り「卑劣なジャップ」であった。また日本でも敵役であった外国人プロレスラーのうちドイツ系のレスラーはアメリカでも”憎っきナチスの亡霊”であったそう。
 みなに先生と呼ばせていた力道山ですら”東郷さん”と呼び、海外レスラーのブッキングに関して絶大な影響力を持ちながら金銭にシビアだったこともあって彼のことをよく言う人が誰もいなかった”グレート東郷”を追いながらプロレスに展開されたナショナリズムについて考察する。グレート東郷アメリカ生まれの日系人で戦時中は収容所に入れられていたこともあるそう。但し出自や家系について誰一人正しいと思われる情報を持っていないまったく謎の人物。その謎を追う過程を文中に記し明らかになるさまあるいは明らかにならないまま謎が残ってしまうさまを再現して行くやり方は他の森達也氏の作品と同様。プロレスにおける日本人と外国人の関係、当時のプロレスとメディアとの関係も興味深いがグレート東郷を追っていく過程を読みながらこちらが更に追っていく過程が又面白い。
 ただ最後に記されたプロレスとナショナリズムの関係と現代の日本の姿を重ね合わせて警鐘を鳴らす様は論旨に無理があるとまで言わないがやや話が突飛に感じられる。森氏の言いたいことはすごくよくわかるんですけど。