日本領サイパン島の一万日

 確かに中学高校の歴史の時間、第一次世界大戦後のベルサイユ体制で日本はドイツの権益の一部を受け継いだことを習った覚えがある。その権益は中国大陸の山東省と合わせて国際連合からの信託統治領として赤道以北の南洋群島が含まれていたこともかすかな記憶の奥になんとなく残っていたような気がする。ならばちょっと考えれば当たり前の話なのだが南洋群島を統治するための軍人・文官とともに多くの民間人が移り住みそこで生活していた事実に全く思い至らなかった。あえて言えば作家中島敦南洋庁に勤務し(この本の舞台となったサイパンではなくパラオではあるが)現地に赴いていたことを思い出すぐらいだ。
 この本はタイトル通り第一次世界大戦終結後から第2次世界対戦終了(捕虜となっていた人たちが日本へ帰国するまでを追っているので1945年で終わるわけではないが)までの約30年一万日を追ったノンフィクション。
 前半は身一つで移ってきた人たちが苦労しながら畑を開き町を作り少しずつ活気を帯びていくサイパン島の日本人社会を追う。勿論いろんな事件事故が起こりスムーズに行かないにしても少しずつ発展し活気づいていく過程は読んでいて大変楽しかった。
 後半は太平洋戦争末期、本土防衛最前線と位置づけられたサイパン島が敗色濃厚になる中で本土から見捨てられ民間人も玉砕を求められる。民間人死亡者の数は沖縄戦の死亡者と変わらない(むしろサイパン島の民間人死亡者の方が多いとの説もある)と聞けば戦闘の激しさと被害の大きさが想像できよう。
 敗戦後、一般にはブラジルの日本人移民達の間で見られたという「日本勝ち組」と「日本負け組」の間で対立があったことも記されている。このエピソードはプロローグとエピローグで記されたある連続殺人事件を取り上げる形で紹介されている。本編ではあまり触れられていないのだが最前線の激戦に巻き込まれながら結局本土から見放されていたサイパン島の人たちの悲劇が如実に表れているエピソードだと思う。この本のことを知ったとき書名にある”日本領サイパン島”という言葉に全くピンと来なかったことを恥じるとともに日本人にとって太平洋戦争とはいったい何なのか改めて考えさせられた。
 この拙い紹介文でもし興味を持った人がいたら是非手にとって読んでもらいたい本。