風の生涯

風の生涯 上巻
辻井喬
新潮社 (2003.12)
通常2〜3日以内に発送します。
 戦後財界四天王と呼ばれ、フジサンケイグループ創始者でもあった水野成夫氏をモデルにした小説を辻井喬氏が描く。おお、昨年話題になったフジサンケイグループと西武のそろい踏みだと思い手を出してみた。勿論昨年話題を呼んだのは堤義明氏率いる西武鉄道の方で辻井喬氏(=堤清二氏)が率いた西武流通グループではないのですが。本作品を読むまで知らなかったのですが水野成夫氏(作中では矢野重也)はフランス文学に熱中し翻訳して学費を稼いでいたり戦前共産党の幹部で転向声明を出すなど、辻井喬氏といろんな面で共通点があったのですね。ちなみに誠也の名前で登場する矢野重也の長男(但し庶子)のモデルは水野誠一氏で元西武百貨店社長だったりする。
作中に出てくる人物全員が仮名になっているかというとそうではなく実名で吉田茂池田勇人、財界四天王と呼ばれた残り三人小林中、永野重雄桜田武などは実名で登場する。実名仮名の差について下巻巻末に収録された松本健一氏との対談で辻井喬氏は

想像力をふくらませて書きたい人は仮名にして、その必要がない脇役は実名にした

と述べている。と言ってもこの時代の人物に詳しいわけではないのでどの人が実名でどの人が仮名なのか区別がつかないまま読んでいました。(と言ってもさすがに共産党幹部八坂良三、徳山助一ぐらいは誰を指すのか分かりましたが)
 矢野重也は隠し事が出来ずまた敵味方関係無しに接する人物と描かれているので余り切ったはったや裏切り裏切られなんてこともあまり描かれていない。それでもいろんなドラマがあって読んでいて面白いのですが、クライマックスとなる陣内信(勿論モデルは鹿内信隆氏)との確執、乗っ取りの部分もやけにあっさりと描かれているような気がしてならない。いや、それでも充分に面白かったんですけどね。本作は元々日経新聞に掲載された連載小説。当然同紙購読者には当時の事情を直接間接に知る人も多かったろう。どんな気分で毎朝新聞を読んでいたんだろうか。