ロバート・キャパ 最期の日(ISBN:4487800110)

ロバート・キャパ最期の日
横木安良夫

出版社 東京書籍
発売日 2004.09
価格  ¥ 1,890(¥ 1,800)
ISBN  4487800110

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 書名通り、”戦争カメラマン”ロバート・キャパ最期の日彼がいったいどこにいたのか、どのような行動をとっていたのかを追ったノンフィクション。本来であればこのテーマの答えを見つけるのはたやすいことのはずだった。なぜなら彼がインドシナ戦争取材中地雷に触れ亡くなった瞬間、彼は一人きりではなかったからだ。キャパが地雷を踏んだ瞬間を同行していたタイムライフ紙の特派員ジョン・メクリン氏が彼の”ラストショット”とあわせて記事に発表している。その後発表されたキャパの伝記もこの記事を元に記述されている。しかしいざ現地の地図を照らし合わせると伝記に記載されたキャパ最期の地”ドアイ・タン”も”タン・ネ”も見当たらない。そして『ロバート・キャパ 最期の日』を追う旅が始まる。
 第1章舞台は一変、インドシナ(仏領インドシナのこと今のベトナム)から日本に変わる。有名な話だが、キャパ最期の取材インドシナに向かう直前まで毎日新聞社の招待を受けて日本に滞在していた。それこそ分刻みのスケジュールの中、浅草で赤ちゃんをおぶう女性に興味を持って写真を撮ったり熱海の温泉街を楽しんでいる最中にビキニ諸島の水爆実験で被爆した第五福竜丸の取材のため急遽スケジュールを変更して焼津に向かったりと彼の日本での行動をこと細かく再現している。読んでいる間正直言って少し間延びした感じがした。というかさっさとインドシナの取材の話を書いてくれよと思いながら読んでいた。だが読み進めているうちにキャパの写真に対する姿勢は日本の日常であっても戦場であっても変わらないと言うことがわかってきた。また、いったん戦争カメラマンを廃業しながらライフからの依頼で再度戦場に足を向けようとする際のキャパの気持ちの変化を見るためには、日本での平和な取材をする様子を記述する必要があったことを最後まで読んでみてよくわかった。
 また、この章の最期にキャパ日本滞在時ずっと同行していた金沢秀憲氏を尋ねるシーンが出てくる。キャパが日本を訪れたのは昭和29年4月、キャパより2歳年上の金沢氏はもう92歳になっていた。そして彼の話から当時のキャパが今のようにある意味神格化された存在ではなくむしろ写真に興味のある限られた人たちにしか知られていなかったことが語られる。よくよく考えれば当たり前のことなんだけど戦争カメラマンと言えばキャパ、そして日本人の一ノ瀬泰造石川文洋くらいしか知らない(それはそれで問題だが)僕にとっては少しショックでした。(後は少しジャンルが異なるかもしれませんが”不肖・宮嶋”氏ぐらいでしょうか。名前を存じ上げる写真家と言えば)
 で、ようやく第2章、第3章舞台はインドシナに移る。ここではキャパ最期の地を探す著者横木氏の取材風景とその日のキャパの動きが混在しながら語られる。また、取材しているインドシナ現在の風景も戦争当時の爪あとを残している風景と戦争から何十年もたち戦争の面影を消し去ってしまった風景がこれも混在している。過去と現在、キャパの視点と横木氏の視点が一緒くたになりながら少しずつキャパ最期の地へと近づいていく。その過程でキャパはここでいったいどんな写真を撮ろうとしていたのか。彼が考える戦争写真とは、あるいは写真そのものとはどのようなものだったのか、それも少しずつ明らかになっていく。この本を読み始めたとき書名がなぜ『ロバート・キャパ 最期の”地”』ではなく『ロバート・キャパ 最期の”日”』なんだろうと思いながら読んでいた。最後まで読んでみて、単にキャパ最期の”地”にたち、彼に花を手向けラストショットと同じ構図で写真を撮ることが目的ではない。彼の最期の”日”に至るまでの行動や思いまでも追いかけるたびだったんだだなと思い当たった。著者横木氏はご自身のサイト内*1で”ロバート・キャパ最期の日”と言うタイトルのblog*2を今でも更新し続けている。そういった意味で彼のキャパの最期の日を追い求める旅はまだ終わっていないのかもしれない。

飲んでみました

16日の日記コメント欄で書いたお薬*1、先日近所のお医者さんで頂き、ここ3日ほど飲んでみました。ネットで薬名を検索するとこういう症状では一番最初に処方されることの多い薬のよう。実際に飲んでみると確かに寝つきはよくなったし、だからと言って寝起きが悪くなることもなくきちんと目覚まし一度で目を覚ますことができた。よかったよかった。おかげでお酒もほとんど飲んでませんし。昼勤の時は使用せず夜勤の時だけちょくちょくお世話になることにしましょう。